『お品書き』
タイトル通り、Sky世界をキリスト教の概念から見ていきます。
コース料理に例えて文章を切り分けております。
んまぁ要するに、そんくらい長いんです。
出来るだけ分かりや〜すくシンプル〜に砕いているつもりですので、気軽にお楽しみ頂ければ幸いです。
①お通し《AURORAの季節最後の曲「QUEENDOM」、その歌詞》
②前菜《私「子羊」さん。今「私の国が来る」の》
③スープ《「火」と「聖霊」》
④メインディッシュ《Sky世界をキリスト教の概念から味わう》
⑤デザート《原罪とそこにいる王》
⑥食後のコーヒー《独りごちる》
⑦お茶請け菓子《省いた雑知識》
①お通し《AURORAの季節最後の曲「QUEENDOM」、その歌詞》
まず、AURORAの季節とは何か?というと『体験!Sky世界の全て!ツアー』および、Sky世界全てを見守り導いてる『「AURORA」という存在(概念)を星の子が認知する季節』でした。
そして最後の曲、「QUEENDOM」について。
一般にコンサートでは一番最後に重要な曲を持ってきます、一番印象に残るので。
としますと「QUEENDOM」は一番重要で、その歌詞はSky世界に一番合うものです。
なので、「QUEENDOM」からキリスト教の視点で見ると重要になる歌詞、「子羊」と「私の国がくる」について切り取っていきましょう。
②前菜《私「子羊」さん。今「私の国が来る」の》
「子羊」
それを知るために、まず「ユダヤ民族」について軽く説明します。
元々「ユダヤ民族」の「ユダヤ教」から派生したのが「キリスト教」です。
「ユダヤ民族」はとても古い民族で、古代エジプトくらいの超古代に国が滅んで以後、「国を持たないけれど人数の多い大きな民族」としての生き方を何世紀もしてました。
旧約聖書はユダヤ民族の歴史書でもあるのですが、神が世界を創る創世記の次の章では、なんとエジプトに居候していて、しかもすぐにそこを出る、出エジプト記。
そんな生き方の民です。
「先祖代々この土地に根付いて…」というお仕事が出来ない彼らのメジャーなお仕事の一つは、「羊飼い」。
当時、世界はまだまだガッツリ村社会。
余所者の彼らを温かく迎える場所はほぼ皆無でした。
そんな諸々の事情から、季節と草を追って街から街へあちこち移る「羊飼い」の仕事スタイルは彼らにピッタリでした。
なので、用意し易い穢れなき無垢な物として、神へ捧げる供物の鉄板は「子羊」でした。
生活としても子羊1頭失えば割と痛手ですしね、とても高級な供物です。
そして、キリストについて。
彼には多くのあだ名があり、その一つが「神の子羊」。
どゆこと? というと、彼は生まれた時から神の子としての使命がありました。
「原罪以後未来までのこの世の罪のあがないの証として、殺されること」。
他にも色々ありますが一番大きな使命はコレで、これにより神はキリストと同じ様に人々が死後復活する事を許されました。
てな訳で、「子羊」にはそういう、極上の「罪の赦しとなる生贄」という意味があります。
「私の国がくる」
コレ何いってんの?という人多かったと思うんですが、元ネタはズバリ聖書。
(そも言ってしまえばQUEENDOMって全体的に元ネタ聖書なのでしょうね、って歌詞の曲です。)
聖書に「神の国は近づいた」って言葉があります。
これには聖書でも旧約と新約でそれぞれ違う意味がありまして、ここがユダヤ教とキリスト教の違い。
新約からがキリスト教独自の物となります。
「旧約聖書の神の国」
まず旧約聖書の「神の国がくる」について。
これは、世界の終末の出来事。
悪が滅ぼされ、神の主権により治められる国が顕現する「終わりの日」の事です。
「新約聖書の神の国」
そしてもう一つが、新約聖書でキリストが語りだした「神の国がくる」。
翻訳前の原文の言葉の意味だと「近付いて、もう来た」とかの意味になる(らしい)。
つまり「神の国がくる(きた)」、現在進行形で顕現中なのです。
少しキリストの言葉を詳しくします。
「私来たから神の国も一緒に持ってきたよ☆」
「君たちの魂は神のいのちで創られた無限の物で、そこに神の神殿が建ち、神が住む、永遠の神の国が完成するんだよ☆」
「だから信じて受け入れるんだよ☆その時が来たんだよ☆」
ハイ。
そんなふいんき。
一人一人の内に神が住み、神がその人を支え心を配る、それが新約の「神の国」です。
目に見える「王国」ではなく、「自分たちで受け入れて理解して努力して作って広めてけ?」のユアセルフ制なのです。
「AURORAの私の国」
さて、AURORAの成す「私の国がくる」はどちらなのか。
それは、キリスト教の新約Ver.「神の国」かと思います。
彼女にとって王国が滅んだのは「緊急事態」で悲しんでいる様子があり、望んだ事ではないと思われること。
そして、全てを見届けながら「母」としてSky世界を愛することをやめず、世界の小さなそれぞれの存在のために「戦士」となり「子羊」となると約束し、「私の国がくる」と歌い続けていることから。
要するにまぁ、AURORAによって滅ぼされた悪も無いし、Sky世界はちまちま星の子と光の子の働きで救われていってる、って現状からです。
③スープ《「火」と「聖霊」》
(※聖霊です、精霊とは違います)
まず、キリスト教で信じられている神格について説明させて下さい。
キリスト教には三位一体という概念があり、それは
「神(天の父)≠キリスト≠聖霊」
というもの。
この3つのペルソナを持つ一つの神格として信じています。
ちょい曲解な説明すると、体(天の父)とお手手(キリスト&聖霊)な感じ。
キリスト教における神は、この「聖霊」が様々な象りをとり、それにより力を発揮することによって、世と干渉します。
この聖霊の象りはいくつかあるのですが、その内最も表現として用いられるのは「火」です。
「火」の状態の聖霊が何をするかというと、鉄を溶かして錬精する様に、対象に内的変化をもたらします。
対象の魂の中に「神の国」をつくり、聖霊自身がそこに宿る。
これが俗に言う、洗礼を受けた状態となります。
キリストは各地で奇跡など起こしますが、聖霊によって相手に干渉し、それを受け入れ信じたものが内的変化を起こすって仕組みが主です。
星の子は「火」で恐らく似たような干渉をして、Sky世界に変化をもたらしているのではと思います。
「聖霊のはたらきと神の支配」
ここまでをまとめると、聖霊が魂に干渉し、そこに宿ることで聖霊(≠神)が支配する「神の国」が成る、という仕組みを理解いただけたかなぁと思います。
で、実際のところ、神(≠聖霊)はどういう支配をするのか?
Skyに関連するかなという部分を6つほど持ってきました。
1)神の愛を人に注ぐ
→AURORAママー!!!は皆を見捨ててません。
2)幼子のこころでないと解らない真理を教える。
→Skyの主役の星の子は、子どもとして様々な世界を体験していく。
3)人と同じように共に喜び、苦しみ、慰め、助け、希望を与える。
→精霊を解放してその記憶を知り、感情を取得する。
4)人を「闇を照らす世の光」、「地を清める塩」にする。
→Sky世界を浄化する星の子ちゃんズ。
5)キリストと同じ犠牲の十字架を担わせ、同時に罪を赦すとりなしを神にする。
→原罪で羽配ってナンマイダー。
6)死のとき人を復活させる。
→皆で石像からパァンそして天空へGO。
ちなみに、聖霊は永遠の存在ですが、力が弱まったり、その人から失われてしまう事もあります。
よくない行いをしたり、信じることをやめるとそうなります。
④メインディッシュ《Sky世界をキリスト教の概念から味わう》
さて、AURORAの季節ではSky世界の特大概念であるAURORAについて知ることができました。
そこで、AURORAと星の子・光の子の関係をキリスト教の概念というプレート皿に並べてみようと思います。
このように。
天の父(AURORA)≠キリスト(星の子)≠聖霊(光の子&翼、そこから生成される火)
ではそれぞれ。
「AURORA≠天の父」
まずSky世界のAURORAとはどのような存在か。
Skyのストーリーをクリアし、彼女の季節を体験した皆が理解したように、Sky世界の最初から現在までを全て見届けている永遠の存在であり、今現在王国に「私の国」をもたらしている存在です。
そして、星の子や星の子が解放した精霊の魂を天空で迎え、また星の子を転生させる機構・概念そのものです。
もちろん機構・概念なので、普段は姿は見えず、天空で響く歌声のみがその存在を示します。
なので、AURORAの季節でAURORAとして擬人化し彼女がコンサートを開いたのは、本当にSky世界にとって奇跡の祭典だったのだと思います。
そして伝えた、Sky世界の全てを見守り愛し続け、「子羊」となり「私の国」をもたらすという言葉。
キリスト教における天の父と似ています。
「光の子&翼およびそこから生成される火≠聖霊」
AURORAが地上にもたらしていた、現在ももたらしているAURORA自身の一部である恵み・祝福。
それが光の子たちで、それにより内的変化が起きてる証・状態が光の翼や星のキャンドル。
そしてその力を借り他と干渉する際には火の形をとっている、と思います。
AURORAが「子どもたちの肌を通して感じていたい」と歌っているのが重要点です。
ここから、AURORAは天空に居ながら世界を直に感じる手段を持っている事、それは子どもたちの形をとっている事がわかります。
これがなぜ、星の子でなく光の子を指すと考えるのか。
理由は単純、光の子の方が古くから存在しているから。
要するに、星の子が現れる以前のことをAURORAが体感として把握しているから、です。
光の子は星の子が地上に現れる前から存在していて、星の子が現れた時には既に各地に散らばり、天空のAURORAとの繋がりを失ったまま、天を見上げて途方に暮れていました。
では、元々光の子はどこに居たのか。
それは全ての精霊の中です。
精霊と星キャンのやり取りが出来ること。
それにより天空で転生前に光の翼を受け取れること。
精霊のケープに光が一つ、ついていること。
これらの事からそう考えます。
光の子が精霊たちから離れたのは、王国の歴史を見るに、聖霊が人から離れるのと同様の理屈かと思います。
精霊たち自身がよくない行いを続け、世界が崩壊し、AURORAから心が離れてしまった。
光の子の居場所が精霊たちの中から失われ、世界が荒れて受け取り手も無い故にAURORAも救いの手段を届けられず、光の子は置き去りとなっていた。
それが、立ちんぼ光の子の正体だと思われます。
そして現在の光の子という存在、その役割について。
地上で星の子に集められた光の子は、星の子の光の翼となって星の子をたすけ、火の形をとって世界と干渉し、本来のAURORAの祝福としての役割を果たします。
天空へ昇る際にはまた翼となり、祝福した魂を天空で復活させ、再び星の子と地上へ新たに生まれ落ち、星の子と共に祝福を「私の国」を広める。
このような物かと思われます。
「星の子≠キリスト」
この謎に満ちた存在の正体は、使命から考えるとまぁ分かりやすく、まさに「神の子羊」です。
星の子の生まれた時からの使命、それは
「Sky世界の原罪以前、以後の罪を濯ぎ(分かたれた世界を繋ぎ)、そのあがないの結果として死ぬこと」
AURORAの一部から創られた、赦しの証となる肉体の器。
これが星の子の正体だと思います。
AURORAの祝福を、失われる以前と同じくなるように、AURORAの力である光の子の力を借りて、火の形を使って地上でもたらしていく。
解放され、内的変化により失われる以前の祝福を取り戻した精霊は、天空のAURORAの元へようやく迎えられる。
居るべき場所へ帰ることができる。
ただ、そのために精霊たちの案内と、「精霊が解放されたので、天空へ入れて下さい」というとりなしを、星の子が光の子の力を借りて行う必要がある。
地上を祝福で解放し、最も罪の重い原罪まで赴き、最大限の使命を全うし、天空に精霊達と帰り、成果報告してから、新たに生まれた光の翼と共に転生する。
星の子は、AURORAが約束したSky世界のために「戦士」となり「子羊」となった姿。
そう捉えられます。
⑤デザート《原罪と、そこにいる王》
ここは正確にはキリスト教の概念と言い切ってしまうとかなりヤバいんですが、ただこの先の考え方がキリスト教的な物に近いので、あえて入れてみます。
「エデン」と「原罪」
ここは有名なので、サラッと書きます。
「エデン」とは、旧約聖書の創世記に出てくる、神が世界の最初に創った楽園の事。
「原罪」とは、その楽園に居た最初の人間、アダムとイヴが悪魔にそそのかされ、「食べちゃダメ」と言われてた知恵の実をムシャァ。
罪と死の罰が人間に与えられちゃった出来事。
「Skyの王様の罪」
要するに「原罪」。
壁画で王様が食べようとしてる「なんかスゲーダイヤ」は「知恵の実」に当てはまり、それを食べた瞬間からSkyの王国は滅び始めたのだと思われます。
「そこに居る王」
星の子は、旅の最後に荒れ狂う嵐の中心となっているダイヤ(恐らく王様の成れの果て)に向かって進みます。
最期を迎えるその瞬間にも、そこに手を伸ばして崩れ落ちます。
それほどまでに最終目的であり、届かぬと分かっていても手を伸ばさずにはいられないほど、真に救いたい存在。
それがあの原罪に居る王様という存在なのだと思います。
上の通り、Skyのストーリー最終地点が原罪であることと、星の子の最期の様子から、AURORAが「私の国」を成すために一番問題なのが原罪およびそこに居る王様であり、同時に一番救いたいし赦したいのが王様なのだと思われます。
⑥食後のコーヒー《独りごちる》
おつかれ様でございました。
末まで読んで下さり感謝です。
これの後に少し文章から省いた余分な知識部分を書き記しておいて、終わりとさせていただきます。
まずは、長々画面を見られてますので、まばたきと水分補給をお忘れなく☕
ドライアイもドライマウスも辛いですから、ご自愛ください。
初めての考察文で中々伝えきれていない部分も多いかと思いますが、ご容赦ください。
皆様のSkyの旅路が一路平安となることを祈ります。
⑦お茶請け菓子《省いた雑知識》
「メガバード」
ご存知の方には伝わったと思いますが。
AURORAという存在に関しての考えは、メガバードの存在を元にして考えています。
文章の方に書かなかった理由は、説明がとにかく長くなってしまうからと、Skyというゲームの中で既に有名無実となった存在のような気がするからです。
Skyの初期設定案の中に、メガバードという存在があります。
Sky世界の創造神の様な存在であり、星の子や精霊の転生を司る存在、もしくはその機構・概念そのものを指すもの。
などなど、だいたいそんな感じ。
今は、天空やエンドロールの中でのみ、その存在の名残が確認できます。
なので上の文章では、AURORA≠メガバードとして考えながら書きました。
AURORAとの再びのコラボは難しいかもしれませんが。
もしかしたら、この先美しい光の鳥が現れる展開がSkyであるかも知れませんね。
楽しみです。
「過ぎ越しの祭」
子羊の部分で省きました。完全豆知識。
出エジプト記に子羊に関する重要な点がありまして、それが「過ぎ越しの祭」。
ユダヤの民を虐げたエジプトの地に神が天罰を与えるのですが、その際ユダヤの民は子羊の血をお家にペタペタしました。
その血があるお家は難を逃れたというお話です。
罪の赦しの証としての血。
キリスト教ではイエスが流した血もそれとみなし、ミサで捧げたぶどう酒をそのイエスの血とします。
そんな部分でも重要な子羊ちゃんです、メェ~。
「旧約聖書について」
これ、キリスト教独自のものではありません。
旧約聖書という名称はキリスト教のみが使いますが。
内容は「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」この3つの宗教が原点とするものなのです。
なので原罪もエデンもその他も、キリスト教だけのものじゃないです。
勘違いなされませぬよう、ご注意をば。
「キリスト教のスタンス」
まぁ、なんで同じ原点なのに、こんなに世界中に広まったのがキリスト教なのかというと、キリスト教は地域人種を問わないスタンスだったからです。
「赦し」の考え方が根底にあるからです。
甘々のユルユルなのです、広義でいうと。
だから方々で利用しやすかったのですね。
で「赦し」の中に、一番罪深いもの、一番立場の弱いものを神は愛される、という考えがあります。
これが、王様を一番救おうとしてるんじゃないかな〜って考察がキリスト教的といった理由です。
ちなみに、村社会でつまはじきにされた鬱憤に対しての防衛機制的な分かれ方してるので、それぞれの宗教の違いを見てみると面白いのでオススメです。