はじめに
私は生物とか環境とかをちょっと齧った人間で、それらの知識をもとにこの怪文書を書いています。文化風俗系はさっぱりわかりません。
AURORAの季節コンサートの中では特に4曲目Warriorと5曲目The Seedにおいて、Skyの生物についてとても興味深い情報が落とされたと感じました。そのためこの2曲についての記載が長くなっています。
前提として、このコンサートで見る記憶は光の生物が主役で、生物側の視点でしたよね。 なので生物側の主観が混ざっていることを念頭に入れておくべきだと思っています。
現実世界でも人間、鳥、虫の知覚する世界は例えば「視覚」「聴覚」「嗅覚」どれか一つとっても各々で全く違います。
生物たちが生きていくために必要な感覚を各々適応させてきた結果、同じものを見ていても見えているものが全然違ったりするのです。
1曲目 Exhale Inhale
コンサートの掴みの曲。正直私がここで書ける感想はありますが考察はほぼない。
無理やり読み取るなら
元から光は世界を巡り循環していた
貴方たち星の子の先祖は精霊である事の強調
なんですかね。4人に囲まれるシーンがなかなか意味深でした。


そしてAURORAさんが降臨。
このシーンで星の子はケープを纏っていないので、余分の魂(光の翼)を持っていない素の状態、一対一でAURORAさんと対面しているんですね。

…と、Twitterではここまでしか書かなかったのですが、他の方々の考察を見ていて自分なりに一番しっくりきたのがこの曲は星の子に課せられた使命を表現しているのではないかということです。
生えていた木は倒れ、飛んでいたマンタは蝕む闇に捕らわれ、歌詞も合わせて「異変が起き、本来のバランスを失っている今の世界に光を届けるのは貴方たち星の子である」と。
はあ~なるほど、そこまで全く考えが及ばなかったなあ…と素直に関心、納得したので加筆しておきました。
現実の地球においても大気、海洋に様々な物質循環が存在するので、それに倣ってSkyにおける光の循環も後ほど考えてみたいですね。
2曲目 Runaway
魚から始まるこれもかなり衝撃的な幕開け。そこから蝶になり、最後には鳥になって飛んで行く。
以前質問への回答で「Skyの空を飛ぶ生物も、元は海から生まれた」というものがありました。(公式YouTube「開発情報:深淵の季節Q&A」10:43~)
登場する光の生物は小魚、ツバメウオ、幼マンタ、蝶、鳥です。
これらの生物が進化的に直接繋がるものかどうかはよくわかりませんが、少なくとも光の生物が水中から空へ進出したのは確かなようです。





あの山を目指し進む光の生物も精霊、どちらも歌詞から「あるべき場所へ帰りたい」という意識が強く、共通しているように思えます。
旅路を互いに邪魔するでもなく、隣で同じように「帰る場所」を目指して進んでいる隣人のようです。

高台の上にいる子供は季節のクエストとの整合性をとるなら幼少期の駆け行く旅人でしょうか。
この子供は王子(預言者の石窟壁画に描かれている金色の子供)ととらえても違和感はあまりないので、これはどちらでもよいかもしれません。

それにしても孤島は指差すキャンドル職人や先導する星読みの記憶で天から降ってくる子供(=王子?)、駆け行く旅人の記憶、さらに星の子が初めて訪れる場所であるなど、幼い子供との関係が深いですね。誕生の地、始まりの場所という印象が非常に強いです。
そして精霊の姿は皆モブ精霊で表現されています。 精霊たちの記憶には特定の外見をもつ他の精霊が出演していることがあるのとは対照的です。
例えば駆け行く旅人の記憶には、指さすキャンドル職人や先導する星読みのような精霊が出演していました。

つまり精霊と星の子は、精霊ごとの外見の違いを認識できています。
星のキャンドルを捧げ金色になった精霊が、他の精霊の記憶にもいたりするのでわかりやすいですね。
その一方で生物たちにとって精霊の見た目による区別は基本ついていないようです。 これは全ての曲で共通です。私たちも普通なら群れた蝶や鳥の一匹ずつの区別はつきませんし、何もおかしい事ではないでしょう。
ですが例外が一人おり、神殿の入口に立っている孤島の大精霊だけは鳥に認識されているんですよね。
たしかに瞑想ムービーでも鳥と意志疎通している様子でしたけど、じゃあ孤島様って何者なんだ…?ってなります。

まとめると、この記憶が描いたのは光の生物の進化史、そして精霊と光の生物に共通する本能・根源的欲求ではないでしょうか。
3曲目 All Is Soft Inside
これも正直考察というか解釈というか、難しい曲でした。 終始小さなクラゲ視点で進んでいきます。
2つめのクエスト同様、鉱石を採りに踏み入ってきた精霊にクラゲは邪険にされ追い払われています。
けれども足を踏み外した精霊を助けてあげているなど、クラゲ側は精霊を無下には扱っていません。


雨林地下洞の上へ上へと昇っていくと、精霊が3人います。 これ、2つ目のクエストで助けた覚醒の採掘者たちをクラゲ視点から見たものではないでしょうか。精霊の区別がついていませんが、先ほども書いたとおり我々がクラゲ一匹ずつの区別がつかないのは逆もしかり、ということかと。


いずれにせよ彼らはクラゲを邪険にしている様子はあまり感じられないので、覚醒の採掘者のようにまだクラゲに対して友好的な精霊もいたということなのだと思います。
シーンが切り替わり、夜空をクラゲたちが大移動する幻想的なシーン。王冠クラゲまでいますね。
辺りを見渡しても原罪山が見えません。つまりここがどのあたりで、どこに向かうのか推測しようがありません。 雲の多さからしておそらく雨林上空かと思ったのですが不明です。

このシーンは私の中で2種類の解釈があり
Skyのクラゲは本来夜になると活発に空を飛び動く夜行性の生物としての生態の表現
精霊たちに地下洞を明け渡し、自発的に移住している場面
というものです。
1.夜行性仮説
星の子が行く先々で出会うクラゲたちは、あまり陽の当たる場所にいる印象が無いんです。 曇り空の雨林、楽園の島陰や洞窟、星月夜の砂漠など。 それにあまり動きません。一方ここでは見たことないくらい移動していますよね。 昼は日陰で休み、夜は活発に動く。夜行性生物の活動の典型です。




暗い夜となれば、地上は闇に生きる生物の時間のはず。しかし雲上に出てしまえば月明かりと星明かりが降り注ぎ、関係ないと言わんばかりの光景です。
光の生物といっても太陽の光ではなく夜の月と星明りの下に生きる、そういった生き方をクラゲは選んだのかもしれませんね。
2.移住仮説
精霊たちがやって来て手狭になった地下洞から、大群で移住先を求めて引っ越しの最中であるという説。 夜空の印象は星月夜の砂漠に近いので、例えばその船がある入り江であったり、あるいは原罪の城の地下だったりと、今クラゲたちがいる場所へ行く途中なのかもと考えられます。
クラゲと精霊にまだ信頼があったことと、このシーンからあまり負の感情を感じられないので、クラゲ側から自発的に明け渡したという印象です。 といってもクラゲの感情はわからないので、なんとも言えませんが…。
4曲目を考えるに、精霊と生物との決別の第一歩と言えるのかも…?
夜空の雲海を飛ぶ海月、Skyの世界に実際行けたら見てみたいもの第一位です。
彼らはちゃんと行きたい方角へ飛んでいるのか、風任せの旅なのか、どっちなんでしょう。
というのも海洋生物には遊泳生物(ネクトン)と浮遊生物(プランクトン)という区分がありまして、この区分は大きさではなく『水流に逆らって泳げるかどうか』で決まります。
長らく現実のクラゲはプランクトンだと考えられてきたのですが、最近はちゃんと指向性をもち移動しているネクトンであるとするのが定説になりつつあります。 水族館や海で見れる比較的身近な生物のクラゲですが、まだまだ分からないこともいっぱいあります。
この曲は私たちプレイヤーが普段見ることのできないSkyのクラゲたちの一面を補足するものだと思っています。
4曲目 Warrior
ここからちょっと長いですので、適宜休憩を入れるなりしてください。
衝撃も衝撃。ええ、頭を殴られたような気分になりました。 同じ曲、同じ歌詞でここまで与える印象が変わるのかと。この表現力には脱帽です。
マンタとなり、群れで原罪山に向かって飛んでいきます。 砕ケル闇ノ季節、虚の中にあったマンタの記憶も彷彿とさせる光景です。マンタはこのように大群で渡りをしていたようです。


飛んでいると、目の前には大砲を積んだ船が現れ、網を発射してきます。捕らわれた仲間を眺めながら進むと、どこか見覚えのある岩の地形や建造物が。 ここは峡谷。この時代にはマンタを捕獲し、檻の中で飼育していたようですね。

気になった点は
精霊が一人も登場しない
慈愛の戦士の記憶との違い
捕らえたマンタの利用先
この三つです。
結論を先に述べると、私はこの記憶をマンタが精霊との絆を絶ち切り、自らを解放した時の記憶だと考えています。精霊側からすると最も身近な光の生物に見放された瞬間です。
まず精霊が登場しない理由としては
マンタが本当に放置されていた
マンタ側の心情により登場していない
と2つの予想が挙げられます。
そのうち1つ目に関しては、個人的に可能性は低いと考えます。 マンタの捕獲から飼育までを自動化していた可能性はありますが、例えば自由に飛び回るマンタに網を命中させ生け捕りにするのは、かなり精密さを要求される作業だと思います。生け捕りにしている以上、怪我をさせたり殺したりしてしまっては精霊にとっても損失になるはずだからです。
そのためこの説は却下し、船の上には当時捕獲や運転を担う精霊が、同時に飼育担当の精霊もいたと考えます。
では、マンタの心情により精霊が登場しないとはどういうことか?
最初ふせったーでは「捕まったショックにより精霊の姿を認識していないのでは?」と書いたのですが、自分の中でより納得できる解釈ができたので、そちらを語らせてください。
ずばり「マンタは自らの精霊に対する固定観念≒絆から自分たちを解放したため、この出来事に精霊は関わっていないから」ということです。 もう少し詳しく書きますね。
これまでの精霊たちの記憶の中で、光の生物は皆精霊たちに協力的です。地下洞のクラゲや、レース用に捕まったであろうマンタでさえも、雑に扱われようがこれまで精霊に対し無条件で協力的かつ服従する姿勢を崩しませんでした。
これがマンタたちの固定観念、「絆」と表現して差し支えないと思います。
絆というと友情に関連した良いイメージを抱きがちですが、そもそもこの漢字の語義は「動物を繋ぎ止めるための綱」で、「絆す」という言葉にもあるように「縛りつける」に近い意味ももちます。
精霊と光の生物たちの間にあったものとしてこれ以上ない、ぴったりな表現ですね!(白目)


その絆を、マンタたちは自ら絶ち切って己を解放した。 「マンタの、マンタによる、マンタのための解放」です。
Warrior自体も勇ましく、明るい曲調の歌ですよね。つまりこれは空を飛び、網から逃れ、自分たちは檻に囚われている必要のない力強い生物だと思い出した解放の記憶です。
だからそこに精霊が介入する余地はない。自分達だけで完結した記憶だからこそ、精霊が登場していないのだと思います。
長くなりましたが、この記憶に精霊が出てこないのを私は上記のとおり解釈しました。
慈愛の戦士の記憶では皆様もレースに爽快感を感じたと思います。コンサートでマンタ側の事情を知り、自分の感性は精霊寄りであることを否応なしに突きつけられる…製作陣なんてことをしてくれたのでしょう(褒め言葉)。
精霊たちにとっては栄華を極めた時代であった反面、マンタにとっては都合よく搾取された時代であったわけです。
さて、このマンタたちの記憶には慈愛の戦士の記憶と一致しない部分があります。 マンタのいる檻の作りです。
慈愛の戦士の記憶ではテントに近い作りですが、マンタ側の記憶ではダイヤ石のついたケージです。 慈愛の戦士の記憶から少し時が進み、時代の終焉にはこんなにも雑な扱いだったということでしょうか。あるいは慈愛の戦士の時も主流はあの檻で、彼がマンタを思って待遇を改善し、広く動きやすいスペースを確保してあげたとも考えられます。 現実でいうところの動物福祉ってやつですね。


いずれにせよ、彼が調和を得た慈愛の戦士であるのは、あの時代でもマンタに敬意をもって接していた事が大きく、だからこそマンタも彼に答えたのだとわかります。
それと、この捕まえたマンタたちはレースにしか使わなかったのでしょうか。 レースにそこまで大量に捕らえる必要はあったでしょうか。
例えば現実において競馬レースのため生産されるサラブレッドは、成績を残せなければ馬肉として利用されることもあるのです。
おそらく峡谷の時代に稼働していたと思われる秘宝の環礁の施設には、マンタを利用していたと思しき壁画があります。レース用マンタとしての待遇はまだマシな方の扱いだったかもしれません。

そこに砕ける闇の虚に囚われたマンタの詩も加味するとこの歌におけるマンタの"解放"に、より重みが増します。
彼らは空を自由に飛ぶ生き物。 絆無くして繋ぎ止めることは不可能でしょう。
マンタが星の子に協力的であることは、精霊の後を継ぐ存在である星の子が精霊とはまた異なる存在であると彼らに認識されている何よりの証拠だと思います。
ところでこの曲、これまでの記憶で傍にいたAURORAさんの光が原罪山の山頂の光となり曲に合わせ拍動していたことにお気づきでしょうか。まるでこちらを呼んでいるようです。
明るい導、山頂の光…果たしてそれは本来マンタたちが目指すべき光だったのでしょうか?それとも……。
この記憶で解放されていた彼らが果たして目的の場所へたどり着けたのかどうか、それはもう誰にもわかりません。
峡谷神殿の瞑想ムービーにて、峡谷の大精霊は生命の光たる星の子の炎で遊んでいましたね。今見ると、とても象徴的だと思います。

調和の知恵を生物との関係構築に生かさず娯楽のために消費し、光の生物との絆を失ったのです。
光と共に闇に対抗する手段を失った先には、滅亡しかなかったでしょう。
5曲目 The Seed
私の大好きな曲です。 精霊たちの滅びへの足取りは、光の生物にはどのように映ったのでしょうか。
最初は鳥の視点。雲間を飛んでいると、雲の穴とも切れ間とも取れる渦が現れます。捨てられた地の入口にあるあの渦とも似ています。

場面が暗くなるのに合わせて、周囲を青い光が漂い始め、渦の穴へ入っていきます。この青い光に触れたり、あるいは渦の中へ入ろうとするとダメージを受けてしまいます。
鳥たちには、渦の底でなにか恐ろしい事が起きていることまでしかわからないようです。


そしてこの青い光。 皆さん何か思い出しませんか? 渦の底を照らす光の色と動きが、あのサーチライトそっくりなんですよね。
この青い光は鳥から見た暗黒竜の姿ではないでしょうか。
どういうわけか星の子におなじみの黒い体は認識できておらず、頭のサーチライトのみが見えているようです。
仮にこの一つ一つが暗黒竜だった場合、墓所エリアどころではない相当な数の暗黒竜が群れをなして、この穴から下へ降りていったことになります。

鳥は雲の下の捨てられた地では生きていけない。"Feed me sunlight, feed me air"の歌詞が虚しく響き渡ります。
ここからは蝶に変わって、捨てられた地の神殿前を飛んでいきます。蝶は鳥よりも小さくか弱いですが、捨てられた地の環境下でも生きていける生命力をもっているようですね。
ちなみに現実の生態系でも、昆虫類の適応力と、飛翔による拡散力は生物界でずば抜けています。納得の描写。
地上に幾度も降り注ぐ、この青い光。 赤くならず青いままですが、突進してくる暗黒竜のサーチライトだけを見たら、こんな動きになると思いませんか? 精霊や光の生物に向かって、暗黒竜が幾度もあの突撃を繰り返す姿は想像に難くありません。

希望の君の記憶にも小さな暗黒竜が二体、大きな個体が一体登場していました。 暗黒竜がうろつく中ですら、精霊たちは戦争を止めなかったのです。同時系列の記憶を見ている以上、暗黒竜が登場しないのは不自然に感じます。
鳥や蝶が暗黒竜を視認できていないと考える方が腑に落ちます。


蝶や鳥には暗黒竜が光にしか見えない理由は、4曲目で精霊が登場しないのと同様に推測するしかありません。
暗黒竜が鳥や蝶に対して大きすぎて認識できていない
闇に覆われた暗黒竜は光の生物に見えていない
恐ろしすぎて記憶から消している
等々、色々考えられます。
もし光の生物が暗黒竜の黒い色を視認できないとすると、光の生物の捕食には有利にはたらきそうですね。
捨てられた地のマンタも暗黒竜から逃げる様子が一切ありませんでしたし、私は光の生物は暗黒竜の黒い姿が見えず、頭のサーチライトしか視認できないのだと考えています。

鳥は暗黒竜(の光)に触れるとダメージを受けてはいましたが、鳥や蝶へ暗黒竜が向かって来るようには見えませんでした。 あの捕食形態からして、労力の割に合わない小さすぎる獲物は相手にしないのでしょう。
止むことのない暗黒竜の突撃。 止むことのない戦争。 神殿前はまさしく阿鼻叫喚の地獄絵図です。



精霊、光の生物、闇の生物入り乱れた乱戦は恐慌にも近い雰囲気です。その中で救命活動ができた希望の君の異端さもよくわかりますね。
"You cannot eat money, oh no"
自然が荒廃した中で、もちろんお金は役に立たず。 生きるか死ぬかの戦場でも、同じくお金は何の価値も持たない。
話が反れますが、貨幣経済はある程度資源が潤沢で、秩序が行き届いた平和な世でなければ成り立ち得ないんですよね。東欧情勢をSNSで追える今、切々とこの言葉の鋭さを感じるのです。
神殿前のギミックがある高台にズームして、この記憶は締めくくられます。
ここで武器を支えに立とうとしている精霊は、もしかすると捨てられた地の大精霊の可能性があると思っているのですが、どうでしょう。 蝶は精霊を区別しません。
あの状況下で地面に倒れ伏してもなお立ち上がろうとするような精霊、私にはあの大精霊しか思い浮かびませんし、ポーズも位置も瞑想ムービーに近いのです。神殿の門を守っているのはその門の向こう側に守らなければいけないものがあったからで、書庫に避難した精霊がいたとわかった今はなおさら…。


この曲では捨てられた地で過去に起きた戦争はもちろん、光の生物たちの世界に起きた異変が描写されました。
光の生物が暗黒竜を視認できないということはつまり、一方的に捕食されるしかなく対抗手段の打ちようがないということです。
砕ケル闇ノ季節より、現在の暗黒竜は精霊の作り出した闇の虚によって出現したことが明らかになっています。精霊たちの活動による暗黒竜の出現が生態系に多大なる影響を与えたと言えるでしょう。
6曲目 Through The Eyes Of A Child
コンサートはここからが一番感動的で大事なんですが、この後は考察というよりは感想が主になり、私の考察はもう終盤です。
見た人が各々感じたことが全部正解といった面がより強いし、何より書けること少ないんだもん…()
惰性であと少しお付き合いください。
気が付くと荒涼とした暗い砂丘を飛ぶたった一匹の蝶となっており、周囲にはあちこちに精霊の亡骸らしき石像が並んでいます。
ここはどこか具体的な場所というよりは、王国が滅んだ後闇に包まれた世界を抽象的に表しているように感じます。


それぞれに形は違い、何かの過ちを犯しつつも、精霊たちに他者を思う心があったことがはっきりと示されており悲惨さが強まっています。一体どこで間違えてしまったのか…。

最後に出てくるひとりぼっちの膝を抱えた子供は、原罪にいるあの子そっくり。他の石像とは少々異質です。
これまでもSkyの中において孤独とそれを乗り越える勇気は、特別丁寧に表現されてきたように思いますのでそれに類するものかと。

そして飛んで行った先で蝶は別の蝶と出会い、鳴き交わして二匹一緒に飛んでいきます。

その次に、同じく鳴き交わすマンタのペアが現れます。

この蝶→マンタの順番が結構大切だと思っていて、5曲目の項でも触れたように蝶は光の生物の中で光が不足した環境に最も耐性がある生物であり、闇に覆われた環境下に侵入してわずかながら光を届ける先駆者となっていたのではないかと考えています。
砕ケル闇ノ季節前のアップデートで蝕む闇を溶かすと蝶が出てくるようになり、捨てられた地に蝶が増えましたよね。
長い長い時間をかけて蝶が光を届けた地にマンタが入れるようになり、少しずつ闇に覆われた土地に元のような光の循環が生まれ始めて、そこにようやく星の子たちが降り立ち、残された精霊たちに光を届けられるようになったということではないでしょうか。自然の物質循環による浄化です。しかしこの浄化には途方もない時間がかかっていると思います。
オープニングでも悠久の時を超えて貴方を迎えましょうみたいなこと言ってましたし(めちゃくちゃうろ覚え)。
また蝶同士やマンタ同士で鳴き交わす様子は見ていたこちらも「よかった、一人じゃなかった!」という気持ちが自然と沸きます。私たち人間のように群れで生きる生物は、一匹になってしまうと生きていけない。だからこそ孤独を恐れる本能がはたらくのです。
この後、蝶は朝日のように輝き登ってくる巨大なAURORAさんの前で本来の星の子の姿に戻り、一緒に天へと昇って行きます。

暗い場所で一人になり、誰かと出会い、コミュニケーションをとって、天空に昇る。星の子の転生と同じ流れです。実際「初めて転生した時を思い出した」という感想けっこう見ましたし私もそう思いました。
光の生物は原罪を経る必要がないのが星の子の転生との違いですね。
7曲目 The Light Beyond
そのまま天空に昇るとAURORAさんと共にいつもの宇宙空間を進みます。AURORAさん以外、周囲を飛ぶ精霊さんもいつも通りです。

毎週転生している私は「あっいつもの場所だ」と実家に帰ってきたような感覚になったんですが、これも意図的なものなんでしょうか。「天空は帰る場所・安心できる場所」というのを古参の星の子ほど感じるよう敢えてなのだとしたらうまいな~と思いました。
8曲目 Queendom
この項いる~?生物系の考察だけ求めてる人は読み飛ばしちゃってください、ほぼ感想なので。
天から降りてくるのは転生直後と同じですが、峡谷の劇場に戻ってきました。
AURORAさんは大きい姿のまま、劇場内を飛びながら歌います。

Queendomの歌詞はおそらくAURORAさんの理想郷的なものだと思うのですが、Skyの理念ととても一致しているように思えます。
力ある者による武力の支配ではなく、力なき者たちが相互扶助して暮らす世界は今の星の子たちがいるSkyの世界に近いのではないでしょうか。
あくまで歌詞をそのまま聞けばAURORAさんが女王として君臨する国の歌ですが、Skyにおいてコンサートの、この光の旅の最後に歌われるQueendomは精霊に次ぐ新人類・星の子の時代の象徴として歌われているように感じました。
"You have a home in my queendom (あなたの家は私の国にある)
You have a home in my queendom (あなたの場所は私の国にある)
You have a place in my queendom (あなたの居場所は私の国の中にある)
You have a home (あなたの帰る場所がある…)"
ここが個人的に一番好きな部分です。星の子供たちによる空の王国はありのままの全てを受け入れる、そんな風に聞こえます。
例えば私たちの世界で、大勢が通る道の途中に熊とか暗黒竜のように大きくて危険な生物がいたら、まず間違いなく「何とかしてどいてもらう」という具合に、手段が穏便であれ暴力的であれこちらの都合を向こうに押し付けることになるでしょう。なぜならその方が我々が安全だからです。
でも星の子は暗黒竜を追い払ったり、ましてや殺したりなんてできないし、やらないんですよね。あくまで逃げ隠れるくらいで、元からいた彼らに自分たちの都合を押し付けようとはせず、そのままの彼らと共存する存在です。
精霊と同じように道具と知恵をもちつつも自然と共存する星の子と、光も闇の生物も全部含めたSkyの自然全てがこの王国…ということなのかなと思いました。
「星の子とは何なのか」という話題については可能であれば記事にしてみたいと思いますので、このくらいで勘弁してください…。
まとめ
最後に、私がSkyの生物についてこのコンサートの情報から考察した事をまとめておきます。
【光の生物について】
渡りをし、天に昇り転生するが原罪は経ない
基本的に精霊を外見で区別していない
暗黒竜をサーチライトしか視認できない
上記に関連して
星の子の視覚は精霊に寄っており、精霊の区別がつき暗黒竜が見えるため光の生物の視覚とは異なる
【蝶】
闇に覆われた環境への耐性が一番高い
【鳥】
孤島の大精霊のみ認識している
【クラゲ】
夜行性である
【マンタ】
峡谷の時代の末に精霊を見限った
星の子を精霊とは別存在と認識している
良かったなあ、AURORAの季節。エンタメに疎いのでAURORAさんについて季節前は全くといっていいほど知らなかったけど、今では毎日コンサートのCDを欠かさず聞くくらい、彼女の歌が好きになりました。
ここまで長いこと怪文書を呼んでいただきありがとうございます。
不定期ですが、いずれまた生物学や環境学を元に怪文書を書くかもしれません。
誤字などありましたらコメントなどで教えてくださるとありがたいです。
コメントテストも兼ねて。
機能がよくわからなかったので色々テストしてみたかったのと、ツイートをそのまま写すと普通に読みづらかったので鋭意編集中です。お目汚し失礼しております。
追記:編集完了しました!
私は社交性の低い人間で返信するかはその時の気分にもよりますが、感想などいただけると励みになります。